エコー マウンテン

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かつてカリフォルニア州でも有数のリゾート地があったエコーマウンテン。現在ではトレッキング好きの人には良く知られているハイキングコースになっている。

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エコー マウンテンの情報

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駐車場はないので路上駐車

120年以上前の1894年にオープンした白亜のホテル エコー マウンテン ハウス跡地までのハイキングコース。

当時は麓から直接行けるケーブルカーも稼働し、新婚さんたちが集まるハネムーンのメッカだった。当時はホワイト シティーと呼ばれ親しまれ、地元の有力者たちも頻繁に利用するリゾート地となっていた。

テニスコートやピクニックエリアを備え、70もの客室を誇る、4階建てのホテルからはパサディナ エリアを一望できた。

1900年にキッチンで起こった火事、1905年の火事でこのホテルは機能しなくなり、1928年、1938年の嵐によってすっかり荒廃してしまった。今では一部の石垣とケーブルカーの残骸が残るのみとなっている。

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廃墟となっているエコー マウンテン ハウス

ハイキングコースはようやく人がすれ違うことができる程度の道幅で広くはないものの、しっかりとメンテナンスされていて歩きやすい。

スタート地点が高度1800フィートで、目的地が3100フィートほどなので、およそ1300フィート(約400メートル)ほどのこう配になっていて、かなり急なところもある。

途中から、崖を切り開いた道になっていて、落ちたら無事では済まないと思われ、高所恐怖症の方はかなり怖い思いをする。

一部危ないところがあって、身を守ってくれるフェンスなどはないため、小さな子供やトレッキングに不慣れの方にはおすすめできない。

小さな子供が途中でぐずったりした場合には、さっさとハイキングを諦めて下山する。中学、高校生くらいになると、エコー マウンテン ハウス跡地まで踏破できる。眼下に広がるパノラマビューは一見の価値あり。

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かつて立派なケーブルカーがあった

当時はまだ電話も発達していない時代だったため、連絡手段にエコーフォンと呼ばれる拡声器を使っていた。山間に何か所も設置されていて、伝言ゲームのように麓と山頂で情報交換をしていたとのこと。

現在では個人の所有となっていたり、博物館などに収蔵されているエコーフォンだが、エコー マウンテン ハウス跡地に一つディスプレイされている。実際に大声を出してみる人もいるのだが、ヤマビコが明瞭に返ってくるので面白い。

ちなみにアレクサンダー グラハム ベルが電話機を発明したのが1876年。日本では東京-横浜間で電話サービスが始まったのが1890年から。

途中、茶屋のようなお店は一切ないので、軽めの食料とできるだけ多くの水を持参するようにする。夏の日中は大変暑くなる。冬の時期が歩きやすくておすすめ。

夏は夕方8時ごろまで明るいのだが、冬の時期は夕方5時ごろには暗くなる。中には日の出やサンセットを見るために、暗い道を歩く人もいるが、慣れない人は日が出ているうちに戻りたい。


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エコー マウンテンの地図

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